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ゲーム作りを仕事にするために ~ディレクター編~

 

沖縄のものづくり教室「アトリエゆう」で、プログラミング講師を担当する毛呂 功(もろ いさお)さん。子ども向けプログラミング教室Tech for elementaryの加盟者さんです。

 

毛呂さんは沖縄に移住する前、京都市にある任天堂の本社に勤務し、ゲーム制作に携わっていました。

 

今回は“とびだせ どうぶつの森”など、任天堂の代表作品を手がけた毛呂さんに、ゲーム作りを仕事にすることについてうかがいました。

 

 

任天堂に勤め、“とびだせ どうぶつの森”を制作

 

 

2002年4月、24歳で任天堂に入社した毛呂さんは、情報開発本部に所属し、システム関連の仕様作成や、プログラムの誤りを発見し修正を行うデバックを担当しました。情報開発本部は、スーパーマリオブラザーズシリーズやゼルダの伝説シリーズなど、同社を代表する作品を制作してきた部署です。

 

ニンテンドーDS版の“おいでよ どうぶつの森”ではシステムディレクターとして、その後発売されたWii版“街へいこうよ どうぶつの森”では、サブディレクターとしてこのシリーズに関わってきた毛呂さん。

 

2012年11月に発売され、爆発的人気となった“とびだせ どうぶつの森”では、ディレクターを務めました。

 

数々の人気ゲームの制作に携わった毛呂さんは、どのような子ども時代を経て、この仕事に就いたのでしょうか。

 

毛呂さん 「ゲーム機は小学生のころから家にありましたが、はじめてコンピュータにふれたのは、中学に入学してパソコンを買ってもらったときでした。

 

雑誌にのっているコードを打ち込んだり、画面にいろいろな図形を表示させてみたりしたことが、プログラミングの始まりです」

 

大学の研究室では、毎日パソコンに向かっていたという毛呂さん。「コンピュータを使っておもしろいことがしたい」と、任天堂を就職先に選びました。

 

当時毛呂さんは、こんな一日を過ごしていました。

 

■□ 毛呂さんの1日 ■□

 

6:45  起床 ニュースを見ながら朝食。ほとんどの日はパンとコーヒー。

8:00前 家を出発。満員電車を避けて、バイクで通勤

8:30前 会社に到着。始業時間前に席について始業準備

8:45始業 前日帰宅して以降に届いたメールを確認。至急の案件はすぐに対応

9:00チームの朝礼 伝達事項があればそのときに伝える

 

午前中は仕様のまとめ、チーム内の確認事項への対応、ミーティングなどが中心。

 

12:00~13:00昼休み 会社の社員食堂で食事。あまった時間は同僚とゲームなど

13:00~17:30 午後も午前中と同じように業務

17:30退社(定時) 忙しい時期はひきつづき業務

 

早く帰宅した日は家族と食事。その日の子どもの様子を聞いたり、テレビをみたりしてゆっくり過ごす。忙しい時期は帰宅したら家族はすでに寝ていることも。

 

スーパーマリオブラザーズのヒットから、超人的なペースで新しいゲームを制作してきた任天堂。帰りが遅くなる時期はあったものの、「会社には、好きなだけやらせてもらっていると感じていた」といいます。チームの熱意やお客さまからの期待が制作のエネルギーとなりました。

 

一方で上司のすすめもあり、休日は積極的にリフレッシュしていました。

 

毛呂さん 「スキューバダイビングと舞台鑑賞が趣味なんです。だからあえて気分を変えたというよりは、趣味に没頭している時間は自然とコンピュータから離れていました。

 

ただ大自然や観劇によって刺激された感性は、仕事に反映されていたと思います」

 

 

ディレクターは、ゲームの方向性を示しチームをまとめる仕事

 

任天堂でのゲーム制作においてディレクターは、以下の4つの分野のスタッフをまとめる仕事です。

 

・プランナ(一般的にはゲームデザイナー):企画、スクリプト(文章)やストーリの作成
レベルデザイン(難易度調整、RPGでいうところの敵やアイテムの配置など)、パラメータの設定、デバッグのとりまとめなど。プログラマ、デザイナ、サウンドなど専門的な分野以外の全てを、プランナがそれぞれ担当する

・プログラマ:プログラムを作成する

・デザイナ:キャラクターや背景など、デザインを担当する

・サウンド:BGMや効果音を担当する

 

ディレクターは主に、ゲームの方向性を決め、プログラムとデザイン、そして音楽をつなぐのが仕事です。専門的な技術を扱うスタッフをまとめ、チーム全体が進むべき方向を示します。

 

毛呂さん 「ディレクターは、これができればなれるという職種ではありませんが、専門集団をつなぐためのコミュニケーション能力は必須です。口が立つ必要はありませんが、相手の意図を的確にくみ取って、それを他の人に正しく理解してもらえるように伝える能力は必要です。

 

任天堂では多くの場合、プログラマーやデザイナーなど、もともと専門的な業務に携わっていたスタッフが経験を積んで自分の領域を広げ、徐々にゲームのメインに関わっていきます。そのほうが全体のビジョンを持ちやすいからです」

 

任天堂ではどうぶつの森だけでなく、制作に関わったどんなゲームも、会社から担当が割り当てられました。

 

ゲームを制作するなかで、自分がやりたい仕事はどうすれば任せてもらえたのでしょうか?

 

毛呂さん 「任天堂に限らず、ゲームは一人で作るものではありません。まわりの人とコミュニケーションを取りながら作り上げていくものです。

 

担当する仕事を誠実にこなして信頼を積み上げることで、『あの人はこんなこともできるんだな』と理解してもらえる。より高度なことを任せてもらえるのは、それまでの仕事が認められてからです。

 

そうやって少しずつ認めてもらいながら、自分のできることを増やし、やりたいことを実現していきました」

 

 

ゲーム作りもプログラミングも、大切なのは「自分は何をしたいのか」

 

 

毛呂さんはコンピュータの使い方を、専門的に学んだことはありません。プログラミングは、中学生のころから独学で身につけました。

 

毛呂さん 「プログラミングはまず、『自分はコンピュータを使って何がしたいのか』がベースになります。その動機は、誰かから教えられて与えられるものではありません。

 

たとえば『通信機能を使ってこれをしたい』という動機があって、それに対して必要な知識を学ぶのがプログラミングの学習です。その過程でよりよい方法や、別のやり方を教えてもらうことはあっても、一から人に教えてもらうものではないと思いますね」

 

ゲームを作ることも同じだと、毛呂さんはいいます。

 

毛呂さん 「『ゲームはやりたい、でもいざ作れと言われると何を作っていいのかわからない』という人は、プログラマーやゲームクリエイターには向いていません。

 

ゲームを作る仕事はプログラミングも必要ですが、これがしたいという自分の気持ちが何よりも大切なんです」

 

ゲームを作るために必要なことは、社会に出てからその都度自分で調べて勉強してきたという毛呂さん。日々の業務のなかでできることを増やし、最終的には担当するゲームのすべてを管理するディレクターになりました。

 

売上やゲームに対する評価も背負う立場となった毛呂さんが、やりがいを感じるのはどんなときだったのでしょうか。

 

毛呂さん 「実際に会った人から、『このゲーム作ってる人なんですか!私も遊びました!』と言ってもらえたときはうれしかったですね。

 

あと、街で子どもたちがうれしそうに自分の作ったゲームのソフトを買って帰る姿を見たときも、この仕事をしていてよかったと思いました」

 

日本全国のみならず、世界にファンを持つゲームを制作していても、毛呂さんを支えたのは目の前にいる人たちの「楽しい」でした。

 

 

ゲームを作ることは、新しい魅力を生み出すこと

 

 

「ゲームを作る仕事は、ゲームを遊ぶこととは大きく違っている」と毛呂さんは考えています。

 

毛呂さん 「ゲームは生活必需品ではありません。人はお腹が減ったら必ず食べ物を買いますが、ゲームはなくても生きていけます。そういったものは、新しい魅力や人を惹きつける“何か”がないと手に取ってもらえません。

 

その新しい“何か”を生み出すヒントは、それまで遊んできたゲームからだけでは得られません。ゲーム以外の知識や経験が必要なんです。

 

ゲーム作りを仕事にするためには、売れるゲームやたくさんの人が面白いと思うゲームを作らなければいけません。売れなければ、仕事も会社も続きませんから。

 

だから子どもたちには今、遊びでもどんなことでも、興味を持ったことはなんでもやってみてほしいですね。人を惹きつけるものは何かを考える力は、そこで磨かれると思います」

 

今、毛呂さんが沖縄で教えているものづくり教室“アトリエゆう”は、子どもや大人が「やってみたい」を磨く場所となっています。

 

そこを訪れる人たちをサポートする立場となった今、毛呂さんは子どもたちのそばにいるおうちの人に、どんなことを感じているのでしょうか。

 

毛呂さん 「今、ゲームを作ることを目標にがんばっているお子さんが、プログラミングやデザイン、絵を一生懸命勉強しているのであれば、ぜひそれを応援してあげてほしいと思います。

 

ゲームを作る仕事をしたいからと、ゲームばかりしているのは問題です。けれど具体的にプログラマーを目指すと言ってプログラミングの勉強をしているのであれば、その知識や経験は、ゲーム作りにしか役に立たないものではありません。

 

今身につけた知識は、将来子どもができる仕事を広げる可能性を持っているものだからです」

 

舞台はゲーム機からスマートフォンへ。

 

どうぶつの森はステージを変え、今でも毛呂さんたちが育んだ夢で世界中のファンを包んでいます。

 

毛呂さんもまた、ゲーム作りから教室へとステージを変え、沖縄で新たな夢を育んでいます。

 

 

Text by 黒田 靜

 

 

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